Made in USAへのあこがれ

2002年にネット販売を始め、これまで皆様に支えられてきました。

私がこのような販売を始めたキッカケは私の好きな“アメリカ文明”を皆様に紹介したかったことも一因です。

“アメリカの文化”ではないのかという風に思われる方もおられるでしょう。

私の思う“アメリカ文明”は司馬遼太郎の考えに基づいています。

彼のアメリカ旅行記である『アメリカ素描』で司馬は文明をこのように定義しています。

“普遍性があってイカすものを生みだすものが文明”

出典:司馬遼太郎,1989,『アメリカ素描』,新潮文庫,p.16

 

つまり司馬は文明から生みだされたものは“普遍的”であること、“イカすもの”

であることの2つを条件としてそれを“文明材”という私製語で表現します。

“ついでながら“文明材”というのはこの場かぎりの私製語で、強いて定義めかしくいえば、国籍人種をとわず、たれでもこれを身につければ、かすかに“イカシテイル”という快感をもちうる材のことである。普遍性(かりに文明)というものは一つに便利という要素があり、一つにはイカさなければならない。たとえばターバンはそれを共有する小地域では普遍的だが、他の地域へゆくと、便利ではないし、イカしもせず、異様でさえある。

 ところが、ジーパンは、ソ連の青年でさえはきたがるのである。ソ連政府はこの生地を国産化してやったそうだが、生地の微妙なところがイカさず、人気がなかったといわれる。”

出典:司馬遼太郎,1989,『アメリカ素描』,新潮文庫,p.15-16

 

 

わたしはこのアメリカ文明からは司馬のいう“ジーパン”はもちろん、“ジッポーハーレーダビッドソンやアイウェアならRay-BanAmerican Opticalのような文明材があると思っています。

まず“普遍的”な点は「品質」です。

これもまた、司馬が書いています。

“「品質」
これは、長いあいだ、アメリカ文明を象徴するものだった、”

出典:司馬遼太郎,1989,『アメリカ素描』,新潮文庫,p.250

 

Ray-BanAmerican Opticalもどちらとも米軍とのかかわりによって発展してきました。

それは、どちらもその米軍の要望に応えるべく開発を行い、規格に裏打ちされた品質を提供してきたためです。

(これら詳細に関してはブランドについてを参照ください。)

司馬の言葉通り、made in USARay-BanAmerican Opticalのサングラスはまさにこの代名詞といえます。

 

では一般的に品質が高いとされる日本製やドイツ製とは異なるのでしょうか?

その点についても司馬は“文明”と“文化”の2つに分けて説明しています。

“そのことが、アメリカにおいて、思想として、また方法論として(つまり品質管理が)確立したのは、第二次大戦下においてであった。品質に対する強力な統御は、軍の指導によった。

品質の管理については、むろん高度の技術と熟練職人の伝統をもつ国においてごく“文化的”なレベルでおこなわれてきた。ドイツにおけるレンズ、カメラ、スイスにおける時計がそうであろう。

さらには、近代工業以前ながら、日本は江戸期、大工や指物師の世界で“文化”としての品質思想は濃密に存在した。

フランク・ギブニー氏著の『ニュー・キャピタリズムの時代』(Miracle By Design TBSブリタニカ刊。徳山二郎訳)においても、日本文化の一特質を、「職人が他のなんぴとにもまして尊ばれる国独特の品質に対する情熱」としてとらえられている。

が、それらはあくまでも個々の情熱と自負心と技禰に依存した“文化”であって、法網のように普遍性のある“文明”ではない。第二次大戦下のアメリカは、品質管理というこの課題を、お得意の思想として“文明化”したのである。

つまり、戦争に必要な兵器、機材などあらゆるものにおいて、品質にバラツキがあっては戦いそのものに影響をあたえるという必要からうまれたものだった。それ以前のどの国もこの品質管理(QC)というものを思いつかなかった。”

出典:司馬遼太郎,1989,『アメリカ素描』,新潮文庫,p.251

 

以上のように、司馬は品質についての考え方は日本やドイツは“文化的”なものであり、アメリカの品質管理は“文明的”と論じます。

また、さらに司馬は以下のように続けています。

“品質管理に関するかぎり、アメリカがいかにも“文明”主義的性格(普遍性を偏好する性格)の国らしく開発した“

出典:司馬遼太郎,1989,『アメリカ素描』,新潮文庫,p.252

 

アイウェアで普遍的な“アメリカ文明”によって生み出されたもの、それこそがボシュロム社製Ray-BanAmerican Opticalです。

実際、2社のアビエーターサングラスはその代表例といえましょう。

 

2つ目の、司馬のいう“イカすもの”という部分に関しては説明するものではなく、感じるものです。Ray-Banでは1961年「ティファニーで朝食を」1980年「ブルース・ブラザース」1986年「トップガン」、American Opticalでは1969年「イージー・ライダー」、1976年「タクシードライバー」など数多くの映画で使用され、アメリカ映画には欠かせないものとなっています。そして、世界中のだれもが感化され“いかす”と認めています。

さらに多くのハリウッドスターや世界中のセレブが愛用してきたことも見逃せません。

私どもはこれがMade in USAの魅力だと思っています。

 

1999年以降のRay-BanはイタリアのLuxottica社へと移りファッションサングラスとしての道を歩み始めたように思えます。

 

ボシュロム社製Ray-BanAmerican Opticalは単なる商品ということではなく、司馬のいう “アメリカ文明” の血を濃く受け継ぐ製品と考えます。これからもこの“アメリカ文明”を皆様に感じ楽しんでいただけるようお届けしてまいりたいと思います。

 

疋野 智男

 

司馬遼太郎. アメリカ素描. 新潮文庫, 1989.